先日金木様から「金木姓」の家紋は何紋か、という問合せがありました。
私自身「金木」姓で紋を描いた記録は無く、参考書を引っぱり出して調べましたが、金木姓自体希少な姓である事もあって、分かりませんでした。
とりあえず、家紋研究会の高澤氏を紹介しましたが、このブログを見ている人に、もし「金木」さんがいらっしゃったら、家紋を教えていただきたいと思います。
出来ましたらコメント欄に書き込みをお願いします。

巣の基礎作りには時間がかかりましたが、その後は早いもので、もう完成間近です。
先日金木様から「金木姓」の家紋は何紋か、という問合せがありました。
私自身「金木」姓で紋を描いた記録は無く、参考書を引っぱり出して調べましたが、金木姓自体希少な姓である事もあって、分かりませんでした。
とりあえず、家紋研究会の高澤氏を紹介しましたが、このブログを見ている人に、もし「金木」さんがいらっしゃったら、家紋を教えていただきたいと思います。
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巣の基礎作りには時間がかかりましたが、その後は早いもので、もう完成間近です。
先に、児玉姓に軍配紋が多いと書き、未だその集落が判明していませんでした。そこで児玉姓の多い地区を、電話帳で調べ、岐阜市から西方・揖斐川近くの宮田地区に多いことが分かりました。
4月後半に、墓地巡りの順を飛ばしてその宮田地区の墓地を訪れました。(ここら辺りは以前調査していましたが、見落としていました)
「軍配」紋があることを期待して行きましたが、宮田地区の児玉氏は「丸に三星」の紋でした。児玉姓には軍配紋のほかに七星、九曜紋もあると云われていますが、家紋関係の専門書には児玉姓の三星紋は記載されていません。
私の調査では、この近くの美江寺にも若干見られましたので、ここ付近の地区の児玉姓の紋だと思われます。
どういう由来か、今後の課題です。

つばめが再び巣作りを始めました。巣作りが下手なのか、よく運んできた土をこぼしています。

新緑の金華山
孫が遊びに来ましたので、4日に川へ行ってバーベキューを楽しんでいるときに撮影。
風が少々強かったですが、気持ちのいい日和でした。
昨日の朝、つばめの巣が落ちていました。
最近昼間でも巣にいることが多くなり、卵を産んだのかな、と思っていた矢先の出来事でした。


巣の中は空っぽで、卵は無く、壊れた様子もないです。
多分カラスにやられたのだと思います。
カラス除けに簾を張ることも考えたのですが、去年大丈夫だったので油断していました。可哀そうなことをし後悔しています。
今年も巣立つことを楽しみにしていましたが、残念で仕方がありません。
暖かくなり、雪解けが一段と進む伊吹山

まだつばめは辺りにいるようですが、巣作りを始める気配はないようです。
あまり関係はありませんが、当地は白モクレンが散り、桜が満開、そしてしだれ桜が満開を迎える季節です。3者が1時期に見られるのは珍しいことです。
雪解けの伊吹山

下の伊吹山は、雪解け時期かなと思って撮影したけど、その後寒波が来て再び雪が積もってしまい、温めていた?写真。 3月19日撮影

つばめさんは、去年は6月に巣作りを始めましたが、今年はすでに家があるので、もっぱら巣の改修と増築?に励んでいます。1年間放りはなしなので少々傷んだ所があるのでしょう。

田字草紋は、公家では四条家ー藤原氏魚名流四条家の一門(櫛笥、八条、西大路)の使用紋で、武家では新井氏が使用している。
この紋は、当地の私には馴染みがなく、「家紋ギャラりー」を編集し始めて初めて認識したくらいで、自身の勉強不足を痛感させられるところです。
もともと修業時代から、体系的に家紋を勉強したことがなく、描くことで経験を積み重ねてきただけでした。
ですから、以前京都の森本氏から家紋に関しての問合せにも何も答えることが出来なく、恥ずかしい思いをしました。
そのような私ですので、紋入れの際「見本紋」として田字草紋がきても、多分「見本・四つ桜」として処理していたようです。
4枚の桜なんて無いですよね~(汗)

「・四つ桜」 「田字草」
以前に描いたはずの「見本・四つ桜」紋の原稿が見つかりませんので、墓石紋を代用します(汗)
この「田字草」「見本・四つ桜」紋は<衣笠姓>で描いていました。 「衣笠」姓 http://www.geocities.jp/zchitaya/sei/ki.html
最近、田字草紋の墓石がある衣笠姓の集落がありました。墓碑も立っていて、そこには「櫛笥家」に仕え、江戸時代に名字帯刀を許され、当地粟野に来る、と書かれていて、「四条家」の一門の櫛笥家の家紋を拝領した、と考えられます。(残念ながら、墓碑を参考にするだけで、裏付ける力はありません)
桜が満開になりました。今年は白モクレンと同じ時期の満開です(例年は白モクレンの方が一週間ほど早い)


ここ2,3日前から車に鳥の糞が着くようになり、去年の燕さんが帰ってきたのかな?と思い、辺りを見回してもその姿は見つかりません。

今夕、巣を見ますと、いました!!!
去年のつばめだと思われますが、帰ってきたのでした。
昼間はどこか餌を捜すか、恋人捜しに出かけているのでしょう。
今年も楽しみが増えました。
また無事に巣立つことを見守っていきます。
少し暖かくなりましたが、まだまだ日が暮れると風が冷たく、脱ぎかけたコートを又はおっています。
桜の蕾は膨らんできて、少し咲き始めました。

来週末に満開になると思います。
やっと春が来そうです。
公園の白モクレンは咲き始めました。ここの木は周りより少し遅いようですが。


「源氏輪に見本對い浪」
この紋は今年初めに喪服の紋替で描いた紋です。
顧客名が「古田」と記してあり、古田姓にもこのような紋があるのか、と思っていました。
古田姓では、主にこの地方では「源氏車」「半車」「澤潟」紋が多く、この紋は初めてです(昔違った形で一つ描いた事がありますが、それは姓不明です)
ところが最近の墓地調査で、この紋の集落が分かりました。
前に書いたように、この地域に必ず墓地があるはずなのに、地図上は記されていない場所でありました。
やはり地図上は寺墓地になっていて見過ごしていました。

「古田」姓はこちら (編集途中ですが)http://www.geocities.jp/zchitaya/sei-tizu/ha/huruta/huruta.html
今までNHKのローカル番組とかラジオ、新聞、小雑誌には紹介されたことはありましたが、今回はじめて岐阜ローカルですがインターネット上に紹介されました。
aun(あうん)という岐阜ローカルの無料配布雑誌には4,5年ほど前に掲載されましたが、今回その雑誌ののウェブ版に紹介されました。
http://aun-web.com/portrait.html
ネット上の顧客、千葉の方からわざわざ「紋替」の注文と一緒にコピーを送っていただいて恐縮しました。
このサイト、千葉まで飛んでるのだ(当たり前の話ですが)
あまり男前ではありませんが、一度覗いてみていただけたら幸いです(汗)

軍配(房付党団扇、軍配唐団扇)紋は、武蔵七党の児玉氏の代表紋と云われ、他に小幡氏、阿佐美氏、倉賀野氏、塩谷氏など児玉一族が使用している。他に岡部氏、筒井氏など。
美濃地方の現在の調査では、児玉氏の大きな集落は分かっていません。(これを書く前に電話帳を調べたら、瑞穂市宮田に多くあったー汗ー近いうちに調べます)
ただ児玉姓では「軍配」紋を多く描いてきましたし、その軍配紋もその家それぞれで、見本紋が多いです。
児玉一族のうち、塩谷氏については一か所集落が見つかっています。 http://www.geocities.jp/zchitaya/sei-tizu/a/enya/enya.html
「軍配」紋と関連して「唐団扇」紋がありますが、同じように児玉一党の使用紋です。
ただ、この美濃地方では「小林」姓で顕著にみられた集落がありました。 http://www.geocities.jp/zchitaya/sei-tizu/ka/kobayasi/kobayasi.html
美濃地方で「軍配」紋を多く使用しているのは、現調査では児玉姓と塩谷姓です。
「軍配」紋はこちら http://park17.wakwak.com/~chitaya/gyarari/g-ku.html
貼り紋の注文には主に男紋付用が多いですが、小物用ー人形の着物に貼るーの貼り紋も来ます。
今回6ミリの貼り紋の注文を受けましたが、あまりにも小さ過ぎてハタと困りました。紋の線がつぶれる可能性があります。
以前、弓の矢に張る張り紋の注文を受けましたが、その時は10ミリの大きさで、苦労しましたがうまくいきました。
紋の原稿は、女紋の21ミリを基準にして描き、これは38ミリの男紋にも適用できます。この3分の1の大きさできれいにプリントできるかどうか心配でした。
注文依頼にに出来る限り近づけるよう、8ミリの貼り紋を試験的に作りました。

拡大しての撮影で綺麗に映ってませんが、まあまあの出来栄えです(「上り藤」の線がつぶれてますが)。目が疎くなりうまくカット出来なかったことは否めません(涙)
「丸に笹竜胆」を忘れていましたから、これから作ります(汗)
普通の貼り紋より手間がかかりますので、少し値上げしようかと思っています(笑)
by 紋ちゃん
つばめ その後